【幸せとは】毒親育ちが幸せになるための考え方

【幸せとは】毒親育ちが幸せになるための考え方

あるビジネスマンが重要な会合を前にして病気になってしまった。重要な人から夕食に招かれていたのである。普通のビジネスマンなら「何でこんな重要なときに病気になるのだ」と嘆いて悔しがるところである。しかしそのビジネスマンは病気の中で考えた。「この病気を何とか利用できないか?」。

そこで彼は食事の最初にだけ顔を出すことにした。「病気でも来た」。これが相手にアピールするのではないかと考えたのである。そして彼は熱をおして出かけていって、顔だけ出して帰った。

それが相手にどう感じ取られたかは分からない。しかしとにかく重要なのは彼の「この病気を利用しよう」という姿勢である。

出典


ACねこ
ACねこ
「幸せになる」って具体的にどうしたらいいの?
人生の幸不幸は相対的なものだと理解すること。
あと「感謝」を忘れないことね

「幸せとは」

答えがカンタンなようでむずかしいですよね。

「どうすれば幸せになれるんだろう?」

右も左もわからず途方に暮れてしまうことがあるかも知れませんね。

この記事では幸せのヒントを書いています。

【名言】どんな人生にも最高の1日がある【スヌーピー】

じゃあ、どんな人生にも他のどの日よりも幸せな一日があるってことね、そうでしょ?

ルーシー スヌーピーの登場キャラクター

たとえば真冬の寒い季節、外から家に帰ったときは暖房のありがたみを感じてうれしく思いますよね。

親に虐待されて育った人は人間の何気ないやさしさによろこびを感じるものです。

車いすを得てよろこぶアフリカの子ども【日本では考えられない】

車いすに乗る子ども
出典:http://world-diary.jica.go.jp/

日本で車いすに乗っている人を見ると気の毒な気持ちになりますよね。

ですがアフリカでは逆で車いすを得て喜ぶ人がいます。

「どういうこと?」って思うかも知れませんね。

アフリカではBCG(ハンコ)注射を打つお金がないため結核に感染したり、未撤去の地雷を踏んだりして、足を失った子どもがたくさんいます。

上半身だけで這ってお金をかせぎ、車いすを買うそうです。

とても過酷な人生ね

アフリカのような発展途上国にはまともな仕事もないため、都市部までゴミを集めに行き、わずかばかりのお金を稼いでいきます。

いっしょうけんめい貯めたお金で車いすを買ったときの子どもの笑顔がとても幸せそうです。

国がまずしいからといって必ずしも不幸とは限りません。

ユニセフの親善大使でもいらっしゃる黒柳徹子さんいわく「私はアフリカの子どもが自殺したという話を一度も聞いたことがない」そうです。

日本とアフリカではこんなにも環境が異なるのですね。

生まれた環境が不幸でも、その後の人生を幸せにできる可能性は残されています。

なぜ感謝を忘れてしまうのか

私たちは油断すると「食事ができてあたりまえ」電気・ガス・水道が使えてあたりまえ」「五体満足であたりまえ」と感じてしまい、どれだけ生活が豊かになっても幸せにはなれません。

感謝を忘れてしまう理由を知り、日々の衣食住に感謝できるようになれば幸せに生きることができます。

【心理的余裕がない】親の愛情への執着が強いから

不幸の原因は「欲張り」。

出典:加藤諦三

人間は恵まれない環境にいるとよくばりになります。幼少期に食べものを充分に得られず、生命の危険におよぶほどの体験をした子どもは、食べものへの執着がものすごくなり、過食症などを引き起こすそうです。

同様に毒親に育てられ、親の愛情に飢えている人は、愛情欲求に限度がありません。

だれだって砂漠の中を水なしで3日間ぐらい歩けば「みず~水~!」と欲張りになってしまいますよね。感謝どころではありません。

ですから落ち着いてものごとを考える必要があります。

【不公平】周囲が恵まれた人ばかりだから【孤独】

仲間外れ

私たちの周囲には、愛情にめぐまれた人達の割合が多いです。

なぜなら、毒親に育てられた人は、家に引きこもっているか、精神病院に入院しているか、刑務所にいるか、すでに自殺しているからです。

周囲が親の愛情にめぐまれた人ばかりだと、毒親に育てられた人にとっては大変な疎外感を感じ、つらいものがあります。

こっちはノドから手が出るほど愛情がほしいのに、周囲はなんの苦労もなく親の愛情を手に入れていますから「やってられっか!」という気持ちになってしまうこともあるでしょう。

しかしくやしい気持ちをグッとこらえて現実と向きあう必要があります。

ひとつの方法として「運も実力のうち」「カルマ(因果応報)」という考えかたがあります。

前向きに生きたい。前向きに生きる方法【現実を受け入れ強く生きる】

親への憎しみが解消されないから

憎しみ

はじめに~毒親育ちのメンタルヘルス~で書いたように、親への憎しみにとらわれていると、今あるものごとに感謝できません。

「親への憎しみの解消」はひじょうに大切なことであると同時に、とてもむずかしい問題でもあります。

毒親によってメンタルを破壊され、社会不適合にされたわけですから憎しみは相当なものです。

南幌町家族殺害事件(なんぽろちょうかぞくさつがいじけん)とは、2014年10月1日北海道空知郡南幌町で発生した、女子高生母親祖母を殺害した事件。

(中略)

犯行の動機[編集]

取り調べに対し、少女は犯行の動機を「しつけが厳しく、逃れたくて殺した」としている[6][7]

報道されている虐待の目撃談は以下のとおり。

  • 頻繁に雪かきや草むしりをさせられていた。
  • 祖母の飼っている犬の散歩をするため、毎日夕方5時まで帰るよう命じられており、学校から走って帰っていた。
  • 冬に車庫の前に立たされていた。
  • 少女だけ表玄関の使用を禁じられ、勝手口を使っていた。
  • 生垣の手入れを全部させられていた。祖母は窓から杖で指示していた。
  • 小学生時代、ランドセルを買ってもらえず、風呂敷で通っていた。
  • 少女だけ、二段ベッドの置かれた離れで寝起きしていた。
  • 裸で屋外にほうり出され、祖母から頭から水をかけられては笑われていた。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%B9%8C%E7%94%BA%E5%AE%B6%E6%97%8F%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

さすがに殺人は考えものですが加藤諦三先生も本に書いたように、負の感情を抑え込んでも消えることはありません。吐き出すことがたいせつです。

「死ね!」とか「ムカツク!」とか「許さない!」といった正直な感情を吐き出すのです。

憎しみの感情を吐き出していくうちに少しずつ憎しみは減っていきます。

恵まれない人たちを想像して今の自分の生活に感謝しよう

空想

アフリカの恵まれない子どもや、戦争で命をおとした人、病気で苦しんでいる人たちなどを想像すると、世の中には苦しんでいる人たちがいるということが実感できます。

例えばガンと戦っている人に使用されている抗ガン剤の副作用は強烈なものがあり、発疹、嘔吐、下痢、口内炎、便秘、脱毛、貧血など、生き地獄ともいえるような副作用があります。あまりの苦しみに、自ら死を選ぶ患者も珍しくないそうです。

自分以外の苦しんでいる人たちを知ることで、五体満足、衣食住満足、平和など、日常に感謝できるようになってきます。

身近なところではホームレスの生活と自分をくらべて「衣食住への感謝」の気持ちを持ってもよいでしょう。

苦労することでありがたみがわかる

あるとんかつ屋に行った時です、その日はとても混んでいました。

店員さんはとてもキビキビ働いてくれていたのですが、調理が追いつきません。混雑もあり、揚げ物という料理の性質上、どうしても時間がかかるのでしょう。

料理が出てきたのは20分後でした。

みなさんは20分待たされたらどう思いますか?

私は「忙しい中作ってくれたんだ。ありがたい!」と思いながらそのとんかつを食べました。

以前居酒屋の厨房でバイトをしていた時、目の回るような忙しい体験をしたことがあったため、店員さんにありがたみを感じたのです。

人生の苦労がプラスになることもあります。

ものの考え方次第で「待たせやがって!」と不満になるか「ありがたい!」と感謝できるかが変わってきます。

毒親育ちのメリットはないが、学べることが多い

私たちは心理学の専攻者【苦労がためになることもある】

本を読む博士

私たちは心理学の本を読むことで、悩みを解消していくことができます。

人間の心理を学ぶことができますし、苦しみや悲しみを知ることで、人にやさしくなれるのです。

『幸福の秘訣は、自分がやりたいことをするのではなく、自分がやるべきことを好きになることだ』ジェームズ・バリー

出典:名言から学ぶ幸せのヒント

 

「なんで心理学書なんか読まなきゃいけないんだ・・・」

「みんなは親子関係で悩んでいないのに、なんで自分だけ・・・」

 

気持ちはわかります。 しかし嘆いていても何もはじまりません。

いちど巣を飛び立ったら環境はどうであれ、はばたかなくてはならないのです。

理不尽ですが自立しなければならないのは、世の中のきびしさでもあります。

甘えの感情は捨てたほうがむしろ気持ちが安定する場合もあるのです。

「目が見えること」あたりまえだと思っていませんか?

失明した男性が初めて奥さんの顔を見た時のようすです。

 

わたしたちは目が見えることにあまり感謝をしません。生まれたときから目が見えるため、あたりまえと感じています。

逆に男性はふだんから目が見えていた人たちの何倍も感動することができるのです。

親の愛情を得られなかったわたしたちにも同じことが言えます。

親の愛情を得られなかった私たちは、友人や知人からの愛情に深く感動することができるのです。

ほかにも映画を見たとき、読書をしたとき、紅葉を見たとき、さまざまな部分で人一倍感動することができます。

人生の幸不幸は相対的ね

高額当選者の8割が破産【恵まれれば幸せとは限らない】

宝くじ

宝くじに高額当選すればさぞかし裕福な人生を歩めるのかと思いきや、最終的に80%の人がお金を使い果たしてしまいます。

この10年間で1等に当選した人のその後を調査すると、80%の人が、借金漬けの不幸な生活を送っているというのです。当選金が周囲の人に知られて金を無心されたり、桁外れの遊興費や投資詐欺で金を失い、破産したり。

出典:黄金時代へ

人の欲望は無限大ね

「贅沢」が「あたり前」に変わるおそろしさ

パーティーをする人

高額当選して数か月は、高い買い物をしたり、回らない寿司屋に行ったりすることは、大変なぜいたくと感じられるでしょう。

しかし数年も経ってくるとだんだん刺激に慣れてきてしまい、「あたりまえ」に感じるようになります。

私たちも油断すると今の生活があたりまえに感じてしまうことがあると思います。

アフリカの恵まれない子ども達から見れば、私たちは毎日ぜいたくな生活をしているはずです。

あまりにも巨額なお金を何の苦労もなしに突然手に入れてしまうと、人間の欲望に火がついてしまいますよ。

最悪なケースになると、買い物や飲食では満足できず、ドラッグに手を出すようになり、身をほろぼすケースも珍しくないんだとか。

恵まれすぎも考えものね

「他人の芝生は青く見える」ということわざがあるように、幸せに見える人がじつはあまり幸せじゃないというケースもあります。

幸せホルモン、オキシトシンの効果【親切をしよう】

喜んでいる女性

「幸せホルモン」、「愛情ホルモン」とも呼ばれ、ストレスを緩和し幸せな気分をもたらす[1]。

出典:Wikipedia オキシトシン

親切をすると、なんだか気持ちがいいですね。単に気分の問題かと思っていたら、そうではなく、親切をすると、脳内で神経物質”オキシトシン”が分泌され、その働きでいい気持ちになるのだそう。
出典:親切をすると体にいい。幸せ物質=オキシトシンがあなたを変える。

親切をすることで、自分の存在感をしっかりと感じることができ、意識が外に向くことによって視野が広まり、気持ちが落ち着きます。

親切といっても、ボランティア活動をする必要はありません。

たとえば電車で席をゆずるだけでも良いのです。

「どうぞ」と声をかけにくければ、だまってさりげなく席を空けるだけでも良いでしょう。

YouTubeやブログを見た時に、いいね!ボタンを押したりシェアすることも、立派な親切ですよ。

買い物をしたときに「ありがとうございます。」と言って、相手がすこしでもよい気分になればそれでもOK。商品一つ購入するのにも、店員さんが搬入から陳列、管理、レジ、様々な手間をかけてくれています。ありがたいことです。

また、ペットを飼ったり植物を育てたりするのもよいでしょう。

マツコ・デラックス「自分のことばかり考えてるとむなしい」

芸能人のマツコ・デラックスさんは、ニート問題を扱うテレビ番組で「自分のことだけを考えて生きてると、人生むなしくなってくるのよ」と発言していました。

「夜回り先生」で知られる水谷修先生も、「自分のことばかり考えるより、子どもたちのことを考えていたほうが救われる」といった趣旨の発言をしていました。

おふたりとも元気に活動できているのは、人のためを思って行動しているからなんですね。

障害者でも幸せに生きている人

作文

障害者だって,幸せだ 文部科学大臣 賞

私は,右手全指欠損しています。生まれる前からの障害で,「先天性四肢切断」 と言います。「先天性」とは生まれつきのこと,「四肢」は両手と両足のことです。

出典:障害者だって,幸せだ

障害者が幸せに生きている理由

自分がかわいそうだと思っていない

私が気になることは,「障害者はかわいそうだ」と思っている人が多いことです。でも,障害者はそう思っているでしょうか。少なくとも私は自分がかわいそうだとは思いません。

毒親に育てられたアダルトチルドレンは、自分がかわいそうという気持ちが強い傾向にあります。かつての私も同じでした。

私はかわいそう=親にいじめられた!許せない!という意味になります。

自分のみじめさを訴えることで、間接的に親への憎しみを表現しているのです。

はじめに~毒親育ちのメンタルヘルス~で書かれているように「私はかわいそうじゃない」と認めることで、親への憎しみにとらわれないことになります。

「憎しみ」がアダルトチルドレン特有の足かせになってくるのです。

「出来るところまで」「自分でやる」

登山をする男性

そして,私がうれしいなと思うのは,どんなことでも,「出来るところまで自分でやりたい。」という私の思いをわかってくれている人達がいるということです。

「出来るところまでやりたい」大変すばらしい考えです。この積極性と満足感が幸せにつながっているのだと思います。

毒親は子どもに「出来るところまで」を教えません。

いくつかパターンがありますが、

  • 「おまえには早いから」「無理だから」といって子どもが出来ることを取り上げます。
  • 子どものできなかったところだけを責めます。できたところは無視です。
  • 非現実的な高いハードルを子どもに課します。
  • 子どもが失敗すると、ニタニタ笑ってからかいます。「小学生か!」と思うのですが、こういう親は実在します。

ある父親は、子どもが漢字の書き取りをしていると「なんだ、そのヘタな字は!」言ってきました。

「違う!そうじゃない!」

最初から最後まで「違う!」「ダメ!」「ヘタ!」の連続でした。

そのうち、その子どもは泣きだし、手が震えてきました。それでも親はやめません。

これは「しつけと称した虐待」です。

もし本当にしつけとして、心を鬼にして、子どもに嫌われてもいいから教える。という動機でやったとしたら「さっきより良くなったじゃないか」「将来自分が困るんだぞ」と、この二つの言葉は必ずあるはずです。

子どもの手が震えた時点で「やりすぎた」と判断してストップしていたでしょう。

母親に「後で何かおいしいものでも食べさせてやれ」と言ってこっそりフォローを入れていたはずです。

内容的に見ても、字がヘタなことが、社会生活の上で致命傷になるとは考えにくいです。その父親はいつもイライラしていました。子どもはストレス解消のはけ口にされたのでしょう。

私たちは、親からされたことが「しつけ」だったのか「虐待」だったのか、よく考える必要があります。

「ここまでやった!!」という意識を私たちは強く、強く持つべきです。それが私たちを救います。

まとめ
  • 不幸が続いたあとは些細なことが幸せに感じられる
  • 幸せのカギは「感謝」
  • 自分の出来る範囲でいいからやる