【幸せとは】毒親育ちが幸せを感じる人になるための考え方【人生】

どんな人生にも最高の1日がある

じゃあ、どんな人生にも他のどの日よりも幸せな一日があるってことね、そうでしょ?

ルーシー スヌーピーの登場キャラクター

車いすを得てよろこぶアフリカの子ども

車いすに乗る子ども
出典:http://world-diary.jica.go.jp/

アフリカでは、BCG注射を打つ予算がないために結核に感染したり、未撤去の地雷を踏んだりして、歩けない子どもがたくさんいます。

そのため上半身だけで這ってお金を稼ぎ、車いすを買うそうです。

まともな仕事もないため、都市部まで進んでいき、ゴミを集めて、わずかばかりのお金を稼いでいきます。

その車いすを手に入れたときの子どもの笑顔がとても幸せそうです。

ユニセフの親善大使でもいらっしゃる黒柳徹子さんいわく「私はアフリカの子どもが自殺したという話を一度も聞いたことがない」そうです。

生まれた環境が不幸でも、その後の人生を幸せにできる可能性は残されています。

幸せのカギは「感謝」

感謝する人

不幸な境遇に生まれてしまったとき、幸せになるために大切なことは「感謝」です。

五体満足、衣食住、平和など、日常の生活に感謝できるようになることが大切です。

なぜ感謝を忘れてしまうのか

欲への執着が強いから

人間は恵まれない環境にいるとよくばりになります。幼少期に食べものを充分に得られず、生命の危険におよぶほどの体験をした子どもは、食べものへの執着がものすごくなり、過食症などを引き起こすそうです。

それと同じで、毒親に育てられ、親の愛情に飢えている人は、愛情欲求に限度がありません。

周囲が恵まれた人ばかりだから

仲間外れ

私たちの周囲には、愛情にめぐまれた人達の割合が多いです。

なぜなら、毒親に育てられた人は、家に引きこもっているか、精神病院に入院しているか、刑務所にいるか、すでに自殺しているからです。

周囲が親の愛情にめぐまれた人ばかりだと、毒親に育てられた人にとっては大変な疎外感を感じ、つらいものがあります。

親への憎しみが解消されないから

憎しみ

はじめに~毒親育ちのメンタルヘルス~で書いたように、親への憎しみにとらわれていると、今あるものごとに感謝できません。

恵まれない人たちを想像する

空想

アフリカの恵まれない子どもや、戦争で命をおとした人、病気で苦しんでいる人たちなどを想像すると、世の中には、身近にはいないだけで、苦しんでいる人たちがいるということが実感できます。

例えばガンと戦っている人に使用されている抗ガン剤の副作用は強烈なものがあり、発疹、嘔吐、下痢、口内炎、便秘、脱毛、貧血など、生き地獄ともいえるような副作用があります。あまりの苦しみに、自ら死を選ぶ患者も珍しくないそうです。

自分以外の苦しんでいる人たちを知ることで、五体満足、衣食住満足、平和など、日常に感謝できるようになってきます。

お弁当を作らず、無気力にお金を渡す母。姉も同じ境遇だった

500円玉

わたくしごとで恐縮です。私が中学生の時の話です。学校行事があり、お弁当を持参した日がありました。

母にその事を伝えると「体がつらいからこれで何か買って食べて」といって、500円をテーブルの上におき、そそくさと布団にもぐりました。

母は毎日10時から22時までパチンコを打っていたので、きっと疲れていたのでしょう。

10歳上の姉も同じ育てられ方をしました。

当時の私は自覚していませんでしたが、育てる気がないのに子どもを産んだことについて、無意識の内に、母親に対する相当な怒りをおさえこんでいました。

こういった無意識の怒りをしっかり認識した上で、怒りに振り回されないことが大切です。

弁当代をもらえただけありがたいが、周りと比較してしまうとつらい

ぼーっと見る少年

もちろんお金をもらえるだけありがたい話です。アフリカの恵まれない子どもに比べれば何倍も恵まれています。

理屈ではわかっていたつもりですが、その時の私は、遠くにいるアフリカの子どもより、ついつい身近なクラスメイトと比べてしまいました。

恵まれている人と自分を比べてしまうと、自分の人生が不幸に感じられてしまいます。

あるクラスメイトは立派なキャラ弁を持ってきて「おー!すごい!!」と言われているそばで、私が食べているのは、コンビニのあんぱん(笑)。私は恥ずかしくなって、コッソリとそのあんぱんを食べていました。

女の子の一言が、私の視野を広げてくれた

どこからともなく声が聞こえてきました。

「あー!伊山、あんぱんいいなー!おいしそう!」

その、たった一言が私の視野を広げてくれました。自分を客観的に見られるようになり、悲観していた気持ちがなくなったのです。

その子はとても活発でした。「ものの見方しだいで前向きになることも出来るんだ」と、そのとき学びました。

たったひとことが私たちの価値観をガラッと変えてくれることがあります。友達選びはとても大切です。

私がその時、前向きに考えられなかったのは、親への憎しみにとらわれてしまっていたからです。

もし働いている大好きな親からもらった500円だったら、当時の私も堂々とコンビニのあんぱんを食べていたでしょう。

パチンコしている親からもらった金で買ったあんぱんが好きじゃない。自分がみじめだと思うことで「俺の親はひどいんだぞ!」と主張したい。そういう気持ちが私を後ろ向きにしていました。

とんかつ屋で20分待たされて「ありがたい」と思う気持ち

あるとんかつ屋に行った時です、その日はとても混んでいました。

店員さんはとてもキビキビ働いてくれていたのですが、調理が追いつきません。混雑もあり、揚げ物という料理の性質上、どうしても時間がかかるのでしょう。

料理が出てきたのは20分後でした。私は「忙しい中作ってくれたんだ。ありがたい!」と思いながらそのとんかつを食べました。

以前居酒屋の厨房でバイトをしていた時、目の回るような忙しい体験をしたことがあったため、店員さんにありがたみを感じたのです。

人生の苦労がプラスになることもあります。

ものの考え方次第で「待たせやがって!」と不満になるか「ありがたい!」と感謝できるかが変わってきます。

毒親育ちのメリットはないが、学べることが多い

私たちは心理学の専攻者

本を読む博士

私たちは心理学の本を読むことで、悩みを解消していくことができます。

人間の心理を学ぶことができますし、苦しみや悲しみを知ることで、人にやさしくなれるのです。

『幸福の秘訣は、自分がやりたいことをするのではなく、自分がやるべきことを好きになることだ』ジェームズ・バリー

出典:名言から学ぶ幸せのヒント

苦労することでありがたみがわかる

失明した男性が初めて奥さんの顔を見た時のようすです。

一度目の見えない体験をするからこそ、目が見えた時の感動は大きいです。

私たちは目が見えることにあまり感謝をしません。生まれた時から目が見えるため、それが当たり前と感じています。

この男性は、ふだんから目が見えていた人たちの何倍も感動することができます。

それと同じで、親の愛情を得られなかった私たちは、友人や知人からの愛情に深く感動することができるのです。

おなじように、私たちは映画を見たとき、読書をしたとき、紅葉を見たとき、さまざまな部分で人一倍感動することができます。

感謝することで幸せになれる

ありがとう

日常生活の中には、感謝できることがたくさんあります。

五体満足、衣食住、電気、ガス、水道、冷蔵庫、洗濯機、スーパー、コンビニ、電車、バスなど、発展途上国にはないものが、普通にあります。

小さなことに感謝できるようになればなるほど、私たちは幸せになっていくのです。

高額当選者の8割がすべてのお金を使い切ってしまう

宝くじ

宝くじに高額当選すればさぞかし裕福な人生を歩めるのかと思いきや、最終的に80%の人がお金を使い果たしてしまいます。

この10年間で1等に当選した人のその後を調査すると、80%の人が、借金漬けの不幸な生活を送っているというのです。当選金が周囲の人に知られて金を無心されたり、桁外れの遊興費や投資詐欺で金を失い、破産したり。

出典:黄金時代へ

「贅沢」が「あたり前」に変わるおそろしさ

パーティーをする人

高額当選して数か月は、高価な買い物をしたり、回らない寿司屋に行ったりすることは、大変なぜいたくと感じられるでしょう。

しかし数年も経ってくるとだんだん刺激に慣れてきてしまい、それが「あたり前」に感じるようになります。

私たちも油断すると今の生活があたり前に感じてしまうことがあると思います。

アフリカの恵まれない子ども達から見れば、私たちは毎日ぜいたくな生活をしているはずです。

あまりにも巨額なお金を何の苦労もなしに突然手に入れてしまうと、人間の欲望に火がついてしまいます。

最悪なケースになると、買い物や飲食では満足できず、ドラッグに手を出すようになり、身をほろぼすケースも珍しくないです。

親の愛情がなくても幸せになれるケース

左腕を上げる女性

親の愛情がなかったときの考え方として大切になるのが、現実を受け入れることと、感謝をすることです。

現状を受け入れ、感謝すべきものに感謝することによって、私たちの人生は幸せになっていきます。

本のページに書かれているように、そのためにはまず親への憎しみを乗り越えることが大切です。

「不満な美人」は幸せになれない

ため息をする女性

街中や職場、友人を見ていると「不満そうな美人」を時折見かけます。

「誰か楽しいこと考えて」

「困ってるの。見ればわかるでしょ」

「ちやほやされてあたり前」

「必要なことはぜーんぶ周りがやってくれる」

特にこういう人間は30代になってから誰にも相手にされなくなり、人一倍不幸になります。

「類は友を呼ぶ」です。ろくな人間が周りに集まっていないはずです。

人生の序盤で努力を伴わない幸せを手に入れてしまったため、その後の人生が不幸になっていきます。

「幸せは自分の手でつかむ」という点で、人生はある意味、公平なのです。

幸せホルモン、オキシトシンの効果

喜んでいる女性

「幸せホルモン」、「愛情ホルモン」とも呼ばれ、ストレスを緩和し幸せな気分をもたらす[1]。

出典:Wikipedia オキシトシン

親切をすると、なんだか気持ちがいいですね。単に気分の問題かと思っていたら、そうではなく、親切をすると、脳内で神経物質”オキシトシン”が分泌され、その働きでいい気持ちになるのだそう。
出典:親切をすると体にいい。幸せ物質=オキシトシンがあなたを変える。

親切をすることで、自分の存在感をしっかりと感じることができ、意識が外に向くことによって視野が広まり、気持ちが落ち着きます。

親切といっても、ボランティア活動をする必要はありません。

たとえば電車で席をゆずるだけでも良いのです。

「どうぞ」と声をかけにくければ、だまってさりげなく席を空けるだけでも良いでしょう。

YouTubeやブログを見た時に、いいね!ボタンを押したりシェアすることも、立派な親切です。

買い物をしたときに「ありがとうございます。」と言って、相手がすこしでも良い気分になればそれも親切です。商品一つ購入するのにも、店員さんが搬入から陳列、管理、レジ、様々な手間をかけてくれています。ありがたいことです。

有名人からも同様の発言

芸能人のマツコ・デラックスさんは、ニート問題を扱うテレビ番組で「自分のことだけを考えて生きてると、人生むなしくなってくるのよ」と発言していました。

「夜回り先生」で知られる水谷修先生も、「自分のことばかり考えるより、子どもたちのことを考えていたほうが救われる」といった趣旨の発言をしていました。

元気な人は、周囲のためにも行動をします。

無理する必要はない

落ち込んでいる男性

例えば「ご近所さんとすれちがった時にあいさつをしよう!」と思ったとします。

この時、「本当はいやだ」という気持ちがある場合は、その時点ではやめておいたほうが良いでしょう。嫌々やったことは身につかないからです。他にもできることはたくさんあります。

「これは素晴らしい!実行すべきだ」と思った行動をとることで、私たちは心が変化してきます。

「おせっかい」には注意

男性が女性にプレゼントをあげる

「さあ!やるぞ」と意気込みすぎて、おせっかいにならないことが大切です。

なにごとも肩に力が入りすぎるとうまくいきません。

特に「親切してる私ってすばらしい~!」という気持ちが第一に来てしまうと、失敗します。

あくまでも「周りのために」が第一です。

無料からできる親切

チャイルドライン

オレンジリボン運動

私たちと同じく毒親に悩んでいる子ども達がいます。

SNSでのシェア、プログラムへの参加、寄付などを通じてサポートすることができます。

精神病や発達障害などがある方の就職サポート施設【ニューロワークス】大塚・横浜センター

障害者でも幸せに生きている人

作文

障害者だって,幸せだ 文部科学大臣 賞

私は,右手全指欠損しています。生まれる前からの障害で,「先天性四肢切断」 と言います。「先天性」とは生まれつきのこと,「四肢」は両手と両足のことです。

出典:障害者だって,幸せだ

障害者が幸せに生きている理由

自分がかわいそうだと思っていない

私が気になることは,「障害者はかわいそうだ」と思っている人が多いことです。でも,障害者はそう思っているでしょうか。少なくとも私は自分がかわいそうだとは思いません。

毒親に育てられたアダルトチルドレンは、自分がかわいそうという気持ちが強い傾向にあります。かつての私も同じでした。

アダルトチルドレンにとって、私はかわいそう=親にいじめられたという意味になります。

はじめに~毒親育ちのメンタルヘルス~で書かれているように「私はかわいそうじゃない」と認めることで、親への憎しみにとらわれないことになります。そのため、「私はかわいそうじゃない」と思うことをためらってしまいます。

この「憎しみ」がアダルトチルドレン特有の足かせになってくるのです。

本のページに書かれているように、親への憎しみにとらわれないことで、人生が前向きになってきます。

「出来るところまで」「自分でやる」

登山をする男性

そして,私がうれしいなと思うのは,どんなことでも,「出来るところまで自分でやりたい。」という私の思いをわかってくれている人達がいるということです。

「出来るところまでやりたい」大変すばらしい考えです。この積極性と満足感が幸せにつながっているのだと思います。

毒親は子どもに「出来るところまで」を教えません。

いくつかパターンがありますが、

  • 「おまえには早いから」「無理だから」といって子どもが出来ることを取り上げます。
  • 子どものできなかったところだけを責めます。できたところは無視です。
  • 非現実的な高いハードルを子どもに課します。
  • 子どもが失敗すると、ニタニタ笑ってからかいます。「小学生か!」と思うのですが、こういう親は実在します。

ある父親は、子どもが漢字の書き取りをしていると「なんだ、そのヘタな字は!」言ってきました。

「違う!そうじゃない!」

最初から最後まで「違う!」「ダメ!」「ヘタ!」の連続でした。

そのうち、その子どもは泣きだし、手が震えてきました。それでも親はやめません。

これは「しつけと称した虐待」です。

もし本当にしつけとして、心を鬼にして、子どもに嫌われてもいいから教える。という動機でやったとしたら「さっきより良くなったじゃないか」「将来自分が困るんだぞ」と、この二つの言葉は必ずあるはずです。

子どもの手が震えた時点で「やりすぎた」と判断してストップしていたでしょう。

母親に「後で何かおいしいものでも食べさせてやれ」と言ってこっそりフォローを入れていたはずです。

内容的に見ても、字がヘタなことが、社会生活の上で致命傷になるとは考えにくいです。その父親はいつもイライラしていました。子どもはストレス解消のはけ口にされたのでしょう。

私たちは、親からされたことが「しつけ」だったのか「虐待」だったのか、良く考える必要があります。

「ここまでやった!!」という意識を私たちは強く、強く持つべきです。それが私たちを救います。