【体験談】父親に「反省文」を書かせたら「みじめさ」を訴えてきた

【体験談】父親に「反省文」を書かせたら「みじめさ」を訴えてきた

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(犯罪行為を除く)

福岡県 TATSUO

作文

「親に反省文を書かせた」と言えば一般的には「とんでもない!」という返事が返ってくるでしょう。

ですので反省文の内容より先にそれらの批判に弁解したいと思います。

 

「身の回りの世話をしてもらった身分で!」

「養育費いくらかかると思ってんだ?!」

「親だって大変だったんだよ?」

そのように考えられる人はまともな家庭で育った人です。

また、親が子を育てるのは当然のことです。親が子に感謝を要求するぐらいなら最初から産まないべきです。

恩着せがましい親への対処法・心理【無理に出産をする必要はない】

今こんなに元気な私が毒親が原因で自殺未遂を3回した

私は親と絶縁して16年目になります。16年間一人暮らしで耐えて生きてきましたし、ここ数年はより元気になり自営業やブロガーとして新たなことに挑戦しています。

良い親には恵まれませんでしたが、良い本と友人には恵まれ、何とか復活しました。

肉体面でも栄養バランスを考えた食事をしたり毎日筋トレをするなど、健康面に気をくばりエネルギッシュに生きています。

ですから私は生まれたつき元気だったはずです。

にもかかわらず自殺未遂を3回もしたのは毒親が原因だったと言わざるを得ません。

私が3回自殺未遂をしたということは親に3回殺されかけたのと同じです。

下記は秋葉原の交差点にトラックで突っ込み大量無差別殺人をした加藤智大死刑囚の弟であり、兄が起こした事件後に自殺した優次さんの手記です。

<兄は自分をコピーだと言う。その原本は母親である。その法則に従うと、弟もまたコピーとなる>

そして、<突きつめれば、人を殺すか自殺するか、どっちかしかないと思うことがある>

出典:『秋葉原事件』加藤智大の弟、自殺1週間前に語っていた「死ぬ理由に勝る、生きる理由がない」

これらの悲劇の元凶は母親にあります。

事件直後、加藤は「両親は他人だ」などと供述。テレビでは母親の虐待に関する近隣住民の証言が取り上げられた。そして事件から1週間後、優次は本誌で告白をした。それは次のような内容だった。

〈小学校時代から友人を家に呼ぶことは禁じられていた〉

〈テレビで見られるのは『ドラえもん』と『まんが日本昔ばなし』だけ〉

〈作文や読書感想文は母親が検閲して教師受けする内容を無理やり書かされた〉

〈兄は廊下の新聞紙にばらまいた食事を食べさせられていた〉

出典:「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大)の弟は自殺した

母親からの虐待によって生じた「怒り」や「悲しみ」といった負の感情が内側に向きやすい子は自殺しますし、外側に向きやすいこは殺人に走ります。

殺人も自殺も「負の感情の発散」という点で本質的には同じです。

親が原因でここまで子どもの人生は狂わされます。

親から子への衣食住の提供以上のデメリットがそこにはあるのです。

反省文の内容

上記をふまえた上で、父親に子育てについての反省文を書かせたときの体験談を書きます。

私の父親についての体験談はこちらに書かれています。

上記のリンクでもごく一部です。こんな父親と365日、毎日同じ家に暮らしていては気が狂います。

【反省文(のつもり)】「親に捨てられた」「いじめられた」

「私は幼少期に育児放棄をされた」

「盗みを働くことでしか生きてこられなかった」

「頭の良い弟と頭の悪い私が比べられてつらかった」

「幼少期にイジメにあい、馬に乗った同級生に追いかけられとてもこわい思いをした」

「生まれてこなければよかった!」

【反省文】を求めた結果がこれです。

「私はいかに惨めであるか」を延々と訴える人は隠された敵意があると見てまず間違いない。

出典


 

親が不幸ならそりゃ子どもも不幸でしょうよ

たしかに私の父親の人生は悲惨で気の毒です。

しかしながらこういう人は親になってはいけません。結婚して子どもを作ったことがそもそもの間違いです。

親が不幸なら子どもも不幸になる可能性が高いです。

ちなみに私はいま幸せですが、ほんとうにたまたま運が良かっただけです。

偶然選んだ加藤諦三先生の本が良い本でした。

また、友人にも恵まれました。何も聞かずに30万円もの大金をポーンと私に貸してくれた友人のご両親。

おおみそかや正月の一家団らんに親戚でもない私を招いてくださったこともあります。

いま私が幸せなのは良い友人と本のおかげなのです。

【手塩にかけて育てたつもり】完全に「自分基準」でものを考える

着替え

さんざん私のメンタルを破壊してくれた父親ですが、おどろくべき言葉が返ってきました。

「手塩にかけて育てたつもりだった!」

さんざん子どもをいじめ、からかい、干渉してきた父親からまさかこのような言葉が出てくるとは思いませんでした。

父親の言う「手塩にかけて育てたつもりだ!」というのはすべて自分基準です。

これは「テストで100点を取ったつもりだ!」と言っているのと同じぐらい自己中心的な考えです。

一例をあげると、私が小学校卒業するまでの間、父親が私の服を着せていました。

お風呂あがりと登校前の着替えの時、私のパンツから上着まですべて父親が着せて、ボタンまで閉めていました。すごく気持ち悪かったです。

母親が「やめなさいよ!」と言ってもやめません。

それどころか「こうやって子どもに服を着せるとまたママに怒られるかな?」といってヘラヘラ笑っていました。まったく反省が感じられません。

これは世間一般の常識で見れば異常です。

しかしながら父親にとってはこれが「手塩にかけて育てたつもり」だったということなのでしょう。

とても信じられませんが、それが現実でした。

【結論】和解は完全にムダな試みだった【毒親は自覚しない】

そこに労力使っても、自分が疲弊するだけ。
諦めた方が楽だよ。


無理だよ。私は諦めてるよ。


毒親はバカと一緒で一生直らない

出典:毒親に毒親だと自覚させる方法

私は絶縁を決意する前、父親に反省文を書かせることで和解を試みていました。

しかしあとから考えればそれは完全に無謀でした。

子どもの本能として「自分の親は良い親だと思いたい」という気持ちがあるのでしょうが、現実は非情です。

毒親は完全に無自覚だということがわかりました。